朝早くの静かな教室。そんな朝の学校が好きな愛子は、昔からよく一番乗りをして、静寂のなか好きなときを過ごしていた。
編入二日目もまた、学校前の海を眺めてからきたが、それでも一番乗りだと思っていたから、教室にいる人物を見て少し驚く。
なかでは、金に近い鮮やかな茶髪の大男が机に小さく収まる。派手そうな相手に声をかけようかかけまいか悩んだが、教室にはその人だけ。しかも隣の席だから、自ずと選択肢は絞られる。
愛子は昨日、担任が言っていた隣の席の男の子の名前を思い出す。
「おはよう、あくたがわくん?」
芥川は何事か書類を見ていたが、愛子の声掛けに反応して顔を上げる。
編入初日には結局最後まで見かけなかったお隣さんは、強面の見た目で、同じクラスの隣席でなかったら声もかけていなかったかもしれない。
芥川は、愛子を見ると、その強面をさらに怪訝にする。
「あぁ?誰だ、お前。」
「衣沢愛子です。昨日編入してきて、隣の席みたいだから。」
「あぁ、編入生か!誰かと思って焦ったわ~!よろしくなー。」
愛子が誰かを把握したらしく、すぐに態度を和らげる芥川。強面は変わらないが、笑うと案外フランクな雰囲気にそっと安堵する。
「来るの早いんだね。」
「あぁ、今日はちょっとな。いろいろ事務作業つーか。」
確かに事務作業をしている芥川を見ながら、愛子は席について自分の荷物の整頓を始める。
そのタイミングで教室の扉が再び開く。入ってきたのは、昨日愛子が教室内で見かけた同クラスの男子生徒だ。
「よー、かき集めてきたぜ、芥川。」
「おぉ、待ってたぜ。」
新たに教室に入ってきた男子生徒も愛子に気づく。
「お、編入生じゃねぇか。おはよう、早いな。衣沢、でいいんだよな?」
「おはよう。…えーと・」
「かはは、名前覚えられてねぇのか!」
「うるせー、席遠いんだよ!俺、日比野(ひびの)な。まぁ、編入生もビビるよなぁ、こんなでかくて顔がこえー芥川の隣なんて。」
「うるせー!」
日比野は、爽やかな黒髪の男子生徒。芥川とは対照的な雰囲気だが、二人は親しげだ。
愛子は、賑やかな二人と時折話しながらも、今日の予定を確認するためにカバンから緑の手帳を取り出す。4月の予定は、ほぼほぼアルバイトで埋め尽くされ、とくに平日は短い時間でも海音に入っていることが多い。
シフトの事情で入れなかった日が数日ある程度だが、今日はそんな貴重な休みで、前もってほかの予定を入れていた日でもあった。手帳の今日の欄には、”峠”とだけ記されている。愛子はそれを見て暗い気持ちになりながら、手帳を閉じた。