お昼休みになると、隣の席の野沢直子から愛子に声がかかる。
「衣沢さん、ご飯一緒にどうかな?」
直子は、愛子が編入初日に思っていた通りに大きく、175以上はありそうな長身女子。しかも小顔で、すらっとした骨格は遠目にもよく目立つ。
「野沢さん、背高いね。」
「実はここだけの話、178もあってさ…。運動も勉強も取り立ててできないのに、こんな身長で恥ずかしいったら。」
「そうなの?スタイルすごい良いから、モデルみたいだよ。」
「そ、そんなこと言われたの初めてwwまぁ、うちの学校には本当のモデルの子もいるし、私なんかお呼びじゃないっていうか。でも、ありがとうw」
ニコリと嬉しそうに笑う野沢に、愛子も笑い返す。
昼ご飯を食べながら話していると、話題は、愛子の元いた谷川の話へ。
「谷川から来たんだ?大都市だよね!」
「谷川もけっこう広くて。私がいたところは外れだから、イメージにあるような都会じゃないよ。」
「でも、繁華街には出やすいでしょ?いいな、憧れる~。たまにしかいかないけど、ショップもいろいろあって、おしゃれな街じゃん。服屋もたくさんあるし!」
「服、好きなんだね。」
「まぁ、この辺じゃ私ぐらいの身長になると、サイズ置いてる店も少なくてさー。南海も一応栄えてはいるけど、谷川と比べちゃうとね。」
愛子は外の海を見つめる。
「ここも、いいところだよね。」
「まぁ、海は癒されるね!」
テンポのあう野沢との会話。愛子は、その感覚を懐かしく感じていた。
学校でこんなふうに誰かと会話するのは久しぶりで、意外と難なくこなせたことに驚く。
「あ、野沢さん、そういえば聞きたいことがあるんだ。」
「ん?何?」
「ここの学校って生徒会ないの?昨日、担任の先生が言ってて。」
「うん、生徒会はないよ!代わりにあるのが実行部ね。ほら衣沢さんの隣の席の芥川くんと、日比野くんってわかるかな?そこらへんがうちの学年の実行部メンバーなんだ。」
「芥川くんが?少し意外だね。」
「あはは。まぁ、芥川くん顔怖いもんね。うちのところの実行部は、今4人だったかな?行事とか部活動とか委員会とか生徒予算とか、取り仕切ってるのは他の生徒会と変わらないだろうけど、それ以外にもいろいろやってくれてるのが臨界高2年の実行部ね。」
「へぇ?」
「たとえば、条件がいいアルバイトの斡旋とか、余った予算とか過剰になった会費とかで、経済的に苦しい子の支援とか。」
「…そんなことまで?」
「あはは、信じられないでしょう?でも、そういうことやってくれてるから、実行部の人達ってけっこう一目置かれてるんだ。」
「そうなんだ、すごいんだね。」
「まぁうちらの学年の実行部メンバーは、特にね。”陣”に所属してるから、ここら辺での伝がすごいし、顔もきくから可能なんだろうけど。」
また耳慣れないフレーズに、愛子は、直子に聞き返す。
「”陣”って?」
「あ!ごめんごめん。つい、当たり前のように言っちゃうな。谷川から来たら知ってるはずないもんね。陣のことなんて。陣はねー、うーん……当たり前すぎて説明が難しいなぁ。」
そこに、愛子と直子以外の少し甲高い声が加わる。
「陣は、2年前に南海で発足したうちら世代のコミュニティのことだよ。」
愛子が声のほうを振り向くと、そこには凛とした雰囲気の女の子。校風も制服も自由な臨海生にしては珍しく、愛子と同じようにきっちり制服を着こなしている。
直子は既知のなかのようで、親しげにその子の名前を呼ぶ。
「あ、京子ちゃん。」
「よ、野沢っち。衣沢さんは、よろしく、あたし真木京子(まききょうこ)ね。」
整った顔立ちに、軽やかな口調の女の子。初日から、クラスでは一等目立っていた美人だ。
愛子の前の席に腰を下ろすと、京子は笑う。
「谷川のほうから来たんだったら、陣なんて知らなくて当然だもんね。でも、ここじゃ、何かしら耳にしたり関わったりする機会も多いと思うよ。陣はね、南海にある臨海高校・山辺高校・正木高校の3つの高校を中心にメンバーが集まって、いろんなことしてるから。」
二人の話を少し推敲しながら、愛子は首をかしげる。
「暴走族とかみたいな?」
京子はびっくりした顔をした後、爆笑し出す。
直子が慌ててフォローに入ってくる。
「違う違う。合法だよ!」
「え、暴走族って合法じゃないんだっけ?」
違う話に発展しそうな愛子と直子だったが、やっと落ち着いた京子が話をもとに戻す。
「あー苦しい。ふふ。まぁ、陣はどちらかといえば正義の味方だからさ。安心してよ、合法だし、怖くもないはずだよ。」