日曜日、愛子は南海中心地から離れた南海の山辺地区につく。名前の通り、景色は一変して山麓エリアになる。
“マオ牧場”と掲げられた古びた看板近くには、同じ年頃の男女がいて愛子を出迎える。
まずは、童顔の双子の姉・毛春梅(マオ・チュンメイ)。愛子と同い年ではあるが、牧場を経営するオーナーで、このへん一帯の大地主の娘。学校は、山辺エリアにある山辺高校に通っている。
「愛子、おはよう。ご飯は食べてきたか?」
続いてチュンメイと同じ顔だが、えらく美形の双子の弟・毛紅運(マオ・コウウン)も親しげに挨拶をする。
「おはよう、愛子。今日も青白いな。」
愛子はそんな二人に挨拶する。
「おはよう、チュンメイとコウウン。」
チュンメイは、時計を見ながら不満げに言う。
「それにしても愛子、また早く来たな。まだ朝の6時半だぞ!?危ないから、コウウンに迎えに行かせると言ってるのに!」
「自転車だから大丈夫だって。」
「ダメだぞ、愛子。ちゃんと貞操は守らないと!」
「、、大丈夫だから。」
愛子が海音のアルバイトを始めてからすぐに、真知子から紹介されたマオ牧場での仕事。
日曜日限定というゆるさと、時給の良さ、あわよくば部活もしない愛子の体を動かしたいという欲から決めたバイト先だ。
そんな愛子に対して、真知子の紹介ということもあり、マオ双子は初対面から厚遇で迎えてくれた。時給の良さはもちろんのこと、まかないや毎週できたての美味しい牛乳3本のお土産など。肉体労働のため、愛子にとっては毎日できる仕事ではなかったが、週一だけでも十分な愛子の財源だ。
一度、こんな厚遇なアルバイトは他にないと伝えれば、チュンメイはニヤリと悪い顔をしながら、理由を教えてくれた。
ー私たちは、この辺じゃものすごく評判悪い。成金って言われてる。あとは土地コロがしとか、中国マフィアとか。まぁ、全部本当だから否定もしないが。…でも、だからこそ、私たちと一緒に一生懸命に働いてくれる人は、家族も同然だと思ってるんだ。ー
チュンメイは女で、背だって愛子よりも低く、可愛らしい幼女の様な顔立ちをしている。けれど外見とは裏腹に、言動は常に凛々しく自信に満ちており、初対面から強烈な印象を愛子に残す。
そもそも同い年で牧場オーナーをしているところから規格外だが、チュンメイは、今まで愛子が会ったことがないタイプの女の子だった。
マオ牧場で、朝からの一通りの作業を済ませ、10時からミルクとミルクコーヒーで休憩中の愛子たち。1日のうちに、マオ牧場の休憩は、10時・12時・15時と3度で、それぞれ30~1時間ほど休める。(※最後の15時は上がりの時間でもある)。
事務所はおしゃれなログハウスで、なんなら愛子の家よりもうんと広い。
「愛子が働きにきてくれて、だいぶ助かった。私たちは勤勉な人が好きだから。」
「あぁ、そうだな。せっかく来てくれた子を、今度はチュンメイがどんな理由をつけて追い出すか心配していたが、真面目な愛子で良かった。」
「聞き捨てならないな。私は、しっかり働いてくれるのなら、決して追い出したりしないぞ。」
愛子は二人を見る。
「私も、マオ牧場で働けて良かったと思ってるよ。動物はかわいいし、チュンメイたちにも会えるし。ちょっと体力なさすぎてあまり役に立ってない気もするけど。」
マオ牧場には、牛はもちろん犬や鶏、羊などもいて、ゆっくりとした動物たちの時間が流れている。
もちろん世話をする側の人間たちは忙しいのに変わりないが、動物たちを見ているのは、不思議と海を眺める感覚と似ていた。
ふっと笑うチュンメイ。
「愛子は素朴だな。臨海高は、派手な女たちが多いから少し心配だが。」
「臨海高校は自由な校風だからね。」
「いじめられたりしてはないか?」
「!先週、編入したばっかりだし。今は平気だよ。」
「今?…前はいじめられてたというのか?!」
「どうなんだ?愛子」
マオ双子が愛子ににじり寄る。その顔が怖くて、愛子は慌てて否定した。
「あ、ま、前の学校ね。いじめられたというか、無視されたというか。大したことないよ、その程度だから!」
そうは言っても、マオ双子は止まらない。
「名前をくれれば、私たちが闇討ちする。得意だ。谷川だろうと、どこだろうとな。」
「そうだ。ファミリーの愛子をいじめるやつは、死刑でいいだろう。」
愛子は苦笑いする。冗談とはいえ、マオ双子がいうとそうは聞こえない。特に目が座り出すチュンメイは、何だか危険な感じがするのは、愛子でもわかったので慌てて話題を変える。
「はは、ま、まぁ、臨海高はいい子も多そうだし、何より南海にはマオ姉弟もいるから。」
顔を赤くするチュンメイ。
「!と、友達だなんて!」
「チュンメイ、たぶんまだ愛子はそうは言ってないぞ。」
「チュンメイとコウウンは、南海で初めて仲良くしてくれ同い年の子たちだから。雇われてる立場だけどさ。」
「愛子ー!!」
抱きつくチュンメイに笑う愛子。
マオ双子のストレートさに影響されたせいか、南海の穏やかな気候に浮かされたせいか、何てことない様に谷川での過去を口にしたことに、一番驚いたのは愛子自身。
前は深い穴にはまって、どう抜け出せば良いかすらわからなかったほどなのに。
「…ふぅ。」
風が一陣吹いて、愛子の髪が揺れる。
マオ牧場の風は新鮮な森の匂いに満たされ、今の愛子の気持ちと同様、清々しいものだった。