新生活8ー不測

 昼下がり。愛子が初めて入る東棟は、京子たちの言う通り、西棟と造りは変わらないものの、学食や購買があるので人の流れが多い。たくさんの人とすれ違いながら、愛子は芥川や日比野に連れられ、目的地である東棟4階にあるという、臨海2年実行部の部屋にたどり着く。
扉が開くと、まず愛子の目の前に入ってきたのは向こう一面に広がる海。愛子たちの教室からも海は見えるが、ここはさらに階層が高く、目の前には視界を遮るものがない。まさに視界いっぱいに広がる海。今日は特に天気も良く、遠くまで見渡せる輝く大海原には、目を奪われずにはいられない。
それから遅れて室内に意識を戻せば、ここは本当に学校かと思うぐらいのおしゃれな教室。

「梧桐。連れてきたぞー」

美しい海とおしゃれな室内に目を奪われた愛子は、芥川の声で、なかにいた人物を最期に認識する。
愛子と同じえんじ色のブレザーを着た男子生徒で、これが芥川や京子たちの言っていた人ー梧桐なのだとわかる。
でもその男子生徒に焦点があった瞬間、知らず知らずのうちに硬直していく愛子の体。。
扉のところで固まる愛子に、不審がる芥川。

「お、どうした?」

愛子の頭のなかでは、一瞬でさまざまな考えが巡る。
ーでも、別人なのかもしれない。
あの峠国の一室は暗くて、全体的にぼんやりとした記憶しか残っていない。だから目の前にいる眼鏡をかけて制服を着た男子生徒が、必ずしもあのときの眼鏡をかけた初めての客だという確証はない。
でも、結局それも愛子のただの願望に過ぎない。
梧桐と呼ばれた男は、ホテルの一室で愛子の”初めての客”と同じように眼鏡を指で押す。

「へぇ。お前だったのか、エザワマイコは。」

愛子に向けられた視線を受けて、あの居心地の悪かった最低の一時間を思い出す。それは、確かにあの日愛子を揺さぶり続けた眼差しと同じ。
愛子と梧桐の微妙な空気感を不審がる芥川。

「衣沢愛子だって言ってんだろ。何で覚えられないんだよ、頭良いくせに…。」

梧桐は、芥川と日比野に視線を移す。

「お前らは、外せ。終わるまで、誰もなかに入れんなよ。」

告げられた予想外の梧桐からの言葉に、日比野と芥川が顔を見合わせた後に動揺し始める。

「きょ、今日はただのソワレの面接だろ?な、何言ってんだよ。」

「っ待て待て、こいつ女だぞ!?」

梧桐の冷たい視線が再び、愛子のもとに戻ってくる。仮に、ここで梧桐という男が以前とは打って変わってニコニコと懐かしんでくれたなら、愛子もまだ肩の力を抜けたかもしれないが、そうではない。
これはそう、明らかに“怒ってる人の顔”。

「折入った話があんだよ。なぁ、エザワマイコ?」

決断のバトンは愛子に託された。
でも愛子がこういうしかないのは、誰よりもきっと梧桐がわかっていること。

「う、うん。…知り合いみたい、たぶん。」