新生活12ー愛子の事情(編入前の話)

 愛子は、メモ紙にあった田中の連絡先に、公衆電話から何度目かの連絡を入れる。けれど話し中や留守電にもならずにコールするだけで、何度かけても田中に繋がることはなかった。
また合わせて、仕事先の橋村にも一切の連絡がとれない事態に愛子は頭を悩ませていた。

 3月の初め、この異様な状況に、愛子は橋村からはあまり来るなと言われた峠国の事務所に訪れる。でも、ついた先はすでにもぬけの殻で、人はもちろん荷物すらもなくなっているという有様だった。
呆然とする愛子に話しかけてきたのは、事務所の入ったテナントビルの管理人兼オーナーのお爺さん。

「あんた、橋村さんとこの子?2,3日前だったっけねぇ。騒がしくどっか引っ越していっちまったよ。まぁ金払いは良かったから文句はないけど、ちょっと怪しかったからねぇ。ふっ、あんたも随分若そうだけどさ。」

オーナーのお爺さんからも大した情報を得ることができず、愛子はますます困惑を深める。

「もう一度、電話してみよう。」

意を決して、愛子は公衆電話からもう一度電話をかける。
ーおかけになった電話番号は・・ー

何度も聞いた機械音に、愛子はそっと受話器を下ろす。
相手は、よく知りもしない男。店も橋村もいなくなってしまい、手元にあるのは、いうなれば足のつかないお金とつながらない連絡先の書かれたメモだけ。
また、それ以外にお金を置いていかなかったところを見れば、これが対価として愛子に田中が置いていってくれたものとも受け取れる。あまりに不自然の大金であることを除けばだが。